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【西条昇のお笑いエンタメ日記】谷啓さんとガチョーンのコントで共演した思い出

僕が構成をしていた日テレの深夜番組「ミチコ・オグラの見るがいいわ」収録時のスナップ。
左から、小倉久寛さん、滝本淳助さん、谷啓さん、清水ミチコさん、僕。
谷啓さんの鞍馬天狗のガチョーンのコントで、沖田総司の格好をしてハラホロヒレハレ!をしました。
この回では、他にギャングのコントに出たり、谷啓さんのバンドのスパイク・ジョーンズ風の音楽コントでサイレンを鳴らしながら走り回ったりもしたっけ。
懐かしいな。
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【西条昇のお笑い史研究】ザ・ドリフターズの歴史

昭和33年(1958)頃の「井上ひろしとドリフターズ」の写真。
ギターの岸部清は前身の「サンズ・オブ・ドリフターズ」からのリーダーで、その頃は山下敬二郎も在籍。
岸部は脱退後にマネージャーに転身し、のちに第一プロダクションの社長となる。
ボーカルの井上ひろしは、水原弘、守屋浩と共に〈ロカビリー三人ひろし〉と言われ、ソロ歌手に転じて「雨に咲く花」がヒット。
同じくボーカルの坂本九は「ダニー飯田とパラダイスキング」に移籍してスターの仲間入りを果たしている。
ボーカルの桜井輝夫は岸部の脱退後もドリフターズに残ってリーダーとなり、その時代に、いかりや長介と加藤茶が加入。
やがて、いかりやと衝突した小野ヤスシ、ジャイアント吉田らが脱退して「ドンキーカルテット」を結成。
残ったいかりやと加藤に、荒井注、仲本工事、高木ブーが加わり、桜井はオーナー的な立場を経て身を引いたことで、いかりやをリーダーとしたドリフターズがスタートした。
〈ドリフに歴史あり〉だね。
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【西条昇のエンタメ日記】面白写真発見

真面目な方をろくろ首にしてはいけません。
笑っちゃったけどね…。
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【西条昇のアイドル史研究】「月刊明星」の1968年12月号 [アイドル]

「月刊明星」1968年12月号の表紙はショーケン(萩原健一)をはじめとするテンプターズと「虹色の湖」の中村晃子という組み合わせ。
中村晃子、可愛いね。
右上にはピンキーこと今陽子も。
当時はグループサウンズ(GS)全盛ということもあり、中身のページにはテンプターズに加え、タイガース、オックス、ワイルドワンズ、ゴールデンカップスらが登場。
他に、ジャニーズ事務所から〈楽器を持たないGS〉フォーリーブス、西野バレエ団から由美かおるや金井克子らのレ・ガールズのページもある。
この当時は、いい曲が多いな。
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【西条昇のお笑いエンタメ日記】34年前に「タモリのオールナイトニッポン」のスタジオライブ形式の生放送へ [お笑い]

今から34年前、当時19歳の僕は、友人でプロのタレントになる前の清水ミチコさんと一緒に有楽町のニッポン放送の銀河スタジオで行われた「タモリのオールナイトニッポン」の〈脳味噌JAM'83〉と題したライブ形式の公開生放送を見に行ったことがある。
中学時代からタモリさんのオールナイトニッポンのファンで、たまたま19歳以上が参加できる公開ライブがあると知り、応募してみたら2名で参加できるというハガキが届いたので、同じくタモリさんの大ファンだった清水ミッチャンを誘ったのだ。
出演は森田一義と脳うにスクラッチャーズ、忌野清志郎&どくとる梅津BAND。
これ、面白かったなあ。
とりわけ、タモリさんの知的シモネタ満載のスタンダップ・トークが最高だった。
目の前で観る清志郎さんのステージにも感激したな。
放送後、始発まで有楽町駅前の吉野家やマイアミで時間を潰して帰ったっけ。
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【西条昇メディア掲載情報】安室奈美恵さん引退についての記事にコメント掲載

しんぶん赤旗 日曜版10月15日号の芸能面での安室奈美恵さん引退についての記事に、西条昇のコメントが掲載されました。
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【西条昇の昭和レトロ研究】懐かしのシャンプーハット

懐かしのシャンプーハット。
明らかに使い方は間違っているが、汗は食い止められるし、下を向いても髪の毛は垂れてこないし、これはこれで理にかなった使い方かも。
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【西条昇の女子プロレス史研究】志穂美悦子とマッハ文朱の夢の共演「華麗なる追跡」

1975年の東映映画「華麗なる追跡」で夢の共演を果たした〈女ドラゴン〉志穂美悦子と〈元祖アイドル女子プロレスラー〉マッハ文朱。
「女必殺拳」シリーズの志穂美悦子も、全日本女子プロレス時代のマッハ文朱も、どちらも好きだったな。
この「華麗なる追跡」では、マッハ文吉というリングネームを持ちつつ15年間もレスラーとしてデビュー出来なかったマムシ屋の親父役の由利徹が笑わせてくれる。
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【西条昇のプロレス史研究】昭和の全日本プロレス

このハゲーーーッ…たち。
昭和の全日本プロレス。
左からバロン・フォン・ラシク、キング・イアウケア、ハル薗田、右下の後ろ姿がレフェリーのジョー樋口。
懐かしいな。
後楽園ホールや武道館のプロレス試合には、小中学生の頃、いつも家から歩いて通ってたっけ。
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【西条昇の喜劇コレクション】昭和34年のフジテレビ「サラリーマン水滸伝」の台本

手元にある、昭和34年(1959)のフジテレビのダイハツ・コメディー「サラリーマン水滸伝」の台本。
のちの寅さんシリーズで共演する森川信(初代おいちゃん)、三崎千恵子(おばちゃん)、渥美清(寅さん)が揃って出演している。
映画「男はつらいよ」第一作が公開される10年前のことで、三人の息のあったやり取りは、この当時からのものだったのだ。
他に朝丘雪路、昔々亭桃太郎(金語楼の弟)、平凡太郎、谷村昌彦らが出演。
当時、渥美、平、谷村の三人は「ボケナス・トリオ」というTV用のトリオを組んでいたことも。
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