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2017年03月| 2017年04月 |- ブログトップ
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【西条昇メディア掲載情報】民放連発行の新聞「民間放送」のメディア時評欄に

23日、民間放送連盟発行の新聞「民間放送」のメディア時評欄に、「ストリップ誕生から70年 テレビ史を彩った人気コメディアン 劇場出身者が笑いを担う」と題する西条の執筆した文章が掲載されました。
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鯉のぼりの群れ

大学近くの十太夫橋から大掘川を眺めたら鯉のぼりの群れを発見。
鯉の川のぼり。
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大学の行事「江戸川ウォーク」で

今日は、一年生向け行事「江戸川ウォーク」で、清水公園でバーベキューをしました。
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【西条昇メディア掲載情報】1年前の「週刊現代」に

1年前は「週刊現代」の「熱討スタジアム」に
僕の出席した〈「8時だョ! 全員集合」を語ろう〉の回が掲載されました。
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【西条昇メディア掲載情報】新聞に三遊亭圓歌師匠への追悼文を

ある新聞に三遊亭圓歌師匠への追悼文を書くことに。
詳しくは、また、追って。
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【西条昇の喜劇コレクション】松竹新喜劇の旗揚げ公演のパンフ

手元にある、昭和23年12月の道頓堀・中座での松竹新喜劇の新結成初公演のパンフ。
前月の曽我廼家五郎の死を受けて、五郎劇、松竹家庭劇、すいーとほーむ(新家庭)のメンバーが大合同。
天外、十吾、明蝶、五郎八、大磯、秀蝶、浪花千栄子…。
藤山寛美は若手の一人という位置付けだった。
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【西条昇のレヴュー・コレクション】管野舞踊楽劇団のミニ・ポスター

手元にある、管野舞踊楽劇団のミニ・ポスター。
絢爛!エロ!女群の乱舞!ジャズ!独唱!ダンス!楽劇!新舞踊!
レヴューやジャズの流行り始めの昭和初期の物だろうか。
色使いも綺麗だな。
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圓歌師匠のご冥福をお祈り致します

三遊亭圓歌師匠が亡くなられた。
僕の16歳から19歳までの落語家時代の師匠である。
僕が10歳の頃に毘沙門寄席で初めて圓歌師匠の生の高座を見て、小5の時には後援会の宴席に何度か母親と出席させて頂いたり、「授業中」を完コピして小学校の校内テレビで披露したりしていた。
落語家を辞めた後も、師匠のパーティーに呼んで頂いたり、お目にかかる機会も何度かあった。
あるパーティーで圓歌師匠と談志師匠と僕の三人でお話をしたのも良い思い出である。
思い出は尽きない。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
http://sp.yomiuri.co.jp/culture/20170423-OYT1T50124.html
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【西条昇の浅草エンタメ日記】浅草リトルシアターでの「浅草艶絵巻」へ

今日は浅草リトルシアターでの「浅草艶絵巻」へ。
日本文学×演劇×ストリップと言うべきコンセプトのこの公演は、数ヶ月に一度くらいのペースで観に来ている。
今回は、灯月いつか「淪落」(原作・林芙美子)、牧瀬茜「夜を巡る女」(作・牧瀬茜)、朱魅『好色五人女』「八百屋お七」(原作・井原西鶴)という三本によるオムニバスである。
全体的にこれまでより一人芝居的な要素が強まった印象。灯月の「淪落」と牧瀬の「夜を巡る女」は一人だけの独白劇であり、朱魅のお七と森健太郎のお奉行による「八百屋お七」お白洲の場もお七の独白が中心になっていた。
三者三様の個性による演技が楽しめたが、とりわけ今回は朱魅の表情豊かでコミカルでありつつ時に狂気を漂わせるお七役の演技が圧巻であった。
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【西条昇の喜劇コレクション】昭和33年のOSミュージックのパンフ

昭和33年1月のOSミュージック「初笑いヌード・デラックス」(作・演出 花登筺)のパンフより。
コメディアンとして、東洋興業の舞台から大阪に来た立原博、三浦策郎に加え、芦屋雁之助・小雁、更に東京からのゲストのE・H・エリックと世志凡太が出演。面白そうだなあ。
この3ヶ月後から「やりくりアパート」のテレビ放送がスタートし、一躍、花登ファミリーはテレビ・コメディー界の寵児となるが、OSミュージックのトップ・コメディアンだった立原博は「やりくりアパート」「番頭はんと丁稚どん」などの花登ファミリー番組のレギュラーに加わることなく「立っちゃんお笑い劇場」など独自の道を行った。
この少し前の大阪ではOSミュージックの立原博、北野劇場の佐々十郎、南街ミュージックの茶川一郎という東宝の劇場所属の三人のコメディアンが「お笑い三人男」と言われていた。ここから、立原が抜け、大村崑と芦屋兄弟が加わって花登ファミリーが形成されている。
また、新宿フランス座から来た三浦策郎も立原と並ぶ看板だったが、花登ファミリーでは大村や芦屋兄弟を立てる脇役として活躍した。
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