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【西条昇の浅草喜劇コレクション】浅草・玉木座「プペ・ダンサント」のプログラム②

昨日観た唐十郎・作の新宿梁山泊公演「風のほこり」は昭和5年の浅草・玉木座のプペ・ダンサントの文芸部室が舞台になっていたので、手元にある昭和7年5月と翌8年10月のプペ・ダンサントのプログラムを引っ張りだしてみた。
昭和7年のは、エノケン一派がオペラ館に移ってピエル・ブリヤントを旗揚げし、エノケンの師匠の柳田貞一がプペに残って座長格になった頃のものだ。
文芸部のサトウハチローや菊田一夫も残っていた。
昭和8年のは、柳田やサトウハチローや菊田も抜けた頃のもので、森川信やシミキンこと清水金一という後に大物喜劇人となる二人が若手として頭角を現しはじめていた。
しかし、翌9年あたりにはプペは解散となり、玉木座は閉館となっている。
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【西条昇の浅草喜劇コレクション】浅草・玉木座「プペ・ダンサント」のプログラム①

昨日観た唐十郎・作の新宿梁山泊公演「風のほこり」は昭和5年の浅草・玉木座のプペ・ダンサントの文芸部室が舞台になっていたので、手元にある昭和6年2~3月のプペ・ダンサントのプログラムを引っ張りだしてみた。
旗揚げ当初の寄せ集めごった煮メンバーから浅草オペラで活躍した清水金太郎夫妻や「奇々怪々一座」の中山呑海や淡谷のり子らが抜けて、榎本健一、二村定一、柳田貞一らエノケン一派が中心になってからのものだ。
文芸部には文芸部長のサトウハチローの他、菊田一夫、山下三郎らが在籍。
のちにエノケンの片腕的存在のレヴュー作家となる菊谷栄は舞台装置を担当していた。
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【西条昇のエンタメ日記】タイでの「知っている日本人」ランキングに

タイでの「知っている日本人」ランキング、4位の明仁(今上)天皇に次ぐ5位に小澤マリアさんが入っている。
7位の深田恭子さんよりも上位だし。
凄いね。
浅草ロック座での小澤さんのステージは、タッパがあって舞台映えするし、エキゾチックな容姿も含めてカッコよかったな。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170502-00000001-withnews-soci