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【西条昇の演芸コレクション】昭和27年の京都・新京極の寄席「富貴」のプログラム

手元にある、昭和27年5月の京都・新京極の寄席「富貴」のプログラム。
漫才や落語、歌謡曲、歌舞伎舞踊などの他に、東京から大宮敏光率いるデン助劇団が出演。
漫才の千守歌子・人生香朗の香朗は、のちの人生幸朗だろう。
歌謡曲コーナーの司会の藤間林太郎は藤田まことの父親である俳優の藤間林太郎と同一人物か。
次週予告の漫才大会には、芦乃家雁玉門下時代の芦の家雁之助・小雁の名前も。
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【西条昇の下町食べ歩き】一之江のやりとり串太郎で

今日は大学の帰りに、行きつけの美容院に行き、その近くのやきとり串太郎で、つくね、もも正肉、ボンちゃん、豚バラ串をタレで購入。
旨かったなあ。
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【西条昇の浅草喜劇コレクション】昭和初期の浅草・三友館での曽我廼家五一郎一座のパンフ

現在の浅草演芸ホールと東洋館、かつては浅草フランス座のあった場所には、明治40年から昭和19年に強制疎開で取り壊されるまで三友館という劇場があった。
映画館としての時期が長かったが、大正期に浅草オペラを上演したり、昭和初期には曽我廼家五一郎の一座が公演したりもした。
曽我廼家五一郎は、「ノンキナトウサン」で有名な曽我廼家五九郎のライバルとして長く浅草六区で一座を率いて活躍した人だ。
戦後は〆太郎が二代目・五一郎を襲名して浅草松竹演芸場に一座で出演していた。
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