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【西条昇のストリップ史研究】昭和20年代のストリップ劇場前の写真 [ショー]

昭和20年代のストリップ劇場の看板を食い入るように見つめる仲良し兄弟。
右側の看板に軽演劇作家の池田弘の名が見られる。
凸凹バッテリーという文字も見られることから、伴淳三郎が出ていた昭和23年の浅草ロック座だね。
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【西条昇の60年代カバー・ポップス論】森山加代子「月影のキューバ」 [アイドル]

森山加代子の「月影のキューバ」はCelia Cruz「Magica Luna」のカバーで、大ヒットとなった森山のデビュー曲「月影のナポリ」から〝月影〟を持ってきている。
「月影のナポリ」は♪ティンティンティンと胸の鳴る♪とのキャッチーなフレーズが印象的だが、この曲でもいきなり♪パーヨパーヨパッパララララ~♪という不思議なフレーズで惹き付けられる。
森山加代子の可愛く甘えるような声と歌い方にも合ってるね。
僕は、60年代のカバー・ポップスの女性歌手の中では森山加代子を最も評価している。
何せ、ヒット曲が多いし、弘田三枝子のように踏ん張って歌わないところも良いね。
日本の女性アイドル像は70年代に入って確立したが、60年代の〝加代ちゃん〟はその先駆け的な存在と言える。
https://youtu.be/ViY3_0W7d-s
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【西条昇の女剣劇コレクション】戦前の浅草・松竹座での不二洋子一座の公演プログラム [浅草六区]

僕の手元には、昭和12~19年にかけての女剣劇の不二洋子一座の浅草・松竹座での公演プログラムが80部以上あり、更に浅草・公園劇場での物も30部以上ある。
現在のROXのところにあった浅草・松竹座は昭和12年に国際劇場が出来るまでは浅草で最も大きい劇場であった。昭和3年までは歌舞伎と新派の公演が中心で、昭和6、7年からターキーの居た松竹少女歌劇とエノケンのピエル・ブリアントの本拠地となっていたが、松竹少女歌劇は昭和12年から国際劇場に本拠を移し、エノケンは昭和13年に東宝に引き抜かれて浅草を去っている。
その頃から、同じ松竹の公園劇場での剣劇大会の中心を担っていた不二洋子一座が松竹座での一枚看板による公演を行うようになり、敗戦前まで松竹座を本拠地として多くの観客を集め続けた。
ライバルの初代・大江美智子は昭和14年に急逝し、二代目・大江美智子が昭和17年から松竹座に進出したが、松竹座での公演回数は不二洋子一座のほうが圧倒的に多い。
浅草芸能史においても、戦前の不二洋子の功績と人気ぶりについて再評価する必要があるだろう。
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