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【西条昇の浅草喜劇史コレクション】昭和8年の常盤座での「笑の王国」第2回公演のプログラム [軽演劇]

手元にある、昭和8年(1933)4月の浅草・常盤座での「笑の王国」第2回公演のプログラム。
表紙には、ミッキー&ミニーやべティちゃんのイラストが。
〈春を呼ぶ朗らかな新喜劇団〉〈映画スター実演オンパレード〉〈カーニバル座 浅草進出!!〉。
古川緑波(ロッパ)、徳川夢声、大辻司郎、山野一郎ら「ナヤマシ会」~「カーニバル座」の人たちに、渡邊篤、横尾泥海男、関時男らの松竹蒲田の喜劇スターを中心とした「喜劇爆笑隊」が合流し、更に林葉三や中根龍太郎ら浅草のレヴュー役者、三益愛子や清川虹子らの女優陣が加わって結成されたのが、この「笑の王国」である。
第2回公演の五本立ての演目のうち、横尾泥海男や渡邊篤が主演の喜劇、古川緑波の作・演出・主演によるオペレッタなどがあり、五本めは主要メンバー総出演によるアチャラカ劇「われらが忠臣蔵」が上演された。
この「われらが忠臣蔵」が評判を呼び、以降、「われらが◯◯」というタイトルのアチャラカ物が一座の名物となる。
この強烈キャラ揃いの中で、結果的に緑波が笑いの中心的な役割を果たし、2年後には東宝に引き抜かれて「東宝 古川緑波一座」を結成。喜劇界においてエノケンと並ぶ存在として活躍した。
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【西条昇の70年代アイドル史研究】フィンガー5が出演のちびっ子テープレコーダーの広告 [アイドル]

70年代半ばのナショナルの〝ちびっ子テープレコーダ〟スナッピーの広告。
あったなあ、こういうの。13800円は当時で言えばかなりの高価と言えるだろう。
商品キャラクターは当時、人気絶頂のフィンガー5である。
その頃の僕は彼らの大ファンで、ファンクラブにも入っていたし、日劇で生のフィンガー5を良く観ていた。
いまだに、彼らの「個人授業」「恋のダイヤル6700」「学園天国」「恋のアメリカン・フットボール」「恋の大予言」「上級生」「恋の研究」「華麗なうわさ」「バンプ天国」「ぼくらのパパは空手の先生」「101人ガールフレンド」「やきもちボーイ」などは、晃や正男や妙子の歌い方を真似したりしつつフルコーラス歌うことが出来る。
阿久悠さんの歌詞も最高だね。
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【西条昇の60年代アイドル史研究】西野バレエ団五人娘時代の奈美悦子 [アイドル]

金井克子、由美かおる、原田糸子、江美早苗と共に〈西野バレエ団五人娘〉〈レ・ガールズ〉として活躍していた頃の奈美悦子。
昭和43、44年頃か。
〝マンガでスターをバラバラ解剖〟。マンガと構成は坂みのる。
「スンナリ伸びた脚がすばらしい このプロポーションなら、国際ミス・コンテスト入賞は疑いなし!」とは美容研究家の和田静郎氏の弁だ。
スタイルが良くて踊れて可愛くて明るいキャラというのは、凄い強みだな。
にしても、湯タンポのやけど跡…(笑)。
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【西条昇の浅草ストリップ史コレクション】昭和34年の東洋劇場と浅草フランス座の開場を知らせるページ [ストリップ]

手元にある、東洋興業が昭和34年9月に発行した「Top nude」NO.3での東洋劇場と浅草フランス座の開場を知らせるページ。
〈理想の演劇殿堂誕生!〉〈躍進!東洋興行が皆様に贈るトピック!〉。
もともと昭和26年にストリップ劇場として開場した浅草フランス座の建物を改築して4~5階の部分を作ってフランス座を階上に上げ、1~3階は軽演劇を上演する東洋劇場になった時の物だ。
東洋劇場は同年12月に前田通子や炎加世子が出演した「ずべ公天使」などでのこけら落とし公演が行われ、軽演劇の公演を続けるも、やがて客足が落ちて階上のフランス座と同様にストリップを取り入れることに。
萩本欽一は翌35年に東洋劇場のコメディアン研究生となり、数年後にフランス座に出演した際に坂上二郎と出会っている。
現在は東洋劇場が浅草演芸ホール、浅草フランス座が浅草フランス座演芸場 東洋館となっているが、この東洋劇場とフランス座の入口や場内の完成予想イラストを見ると、今の演芸ホールや東洋館にその面影が残っていることがよく分かる。
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【西条昇の70年代アイドル史研究】キャンディーズとキャンディーズ・JR改めトライアングルの記事 [アイドル]

解散間近のキャンディーズと、同じ渡辺プロダクションの妹分グループ「キャンディーズ・JR」の「トライアングル」への改名を伝える昭和53年の記事。
〈〝キャンディーズ〟は私たちだけのこと、と〝キャンディーズ〟が永久欠名を発表。現在〝キャンディーズ・JR〟として活躍している3人は〝トライアングル〟と名を変える。「私たちのグループも永久欠名になるようにガンバルわ」〉。
キャンディーズ・JRはキャンディーズの引退発表後に結成され、「8時だヨ!全員集合」や「飛べ!孫悟空」にレギュラーで出ていたが、キャンディーズ解散コンサートが行われた昭和53年4月にトライアングルとして「トライアングル・ラブレター」でレコード・デビューを果たしている。
「トライアングル・ラブレター」の作曲・編曲は、「年下の男の子」「春一番」「微笑がえし」などキャンディーズの楽曲を多く手掛けていた穂口雄右で、良い曲だったけどなあ。やはり、キャンディーズとの差別化が難しかったか。
ミッチ(のちの小森みちこ)、マミ、クーコの3人から翌54年にクーコが脱退して、アキ(のちの藤本あき)が加入し、昭和56年に解散となった。
最後のシングル曲「恋はてっきりバ・ビ・ブ・ベ・ボ」も結構好きだな。
https://youtu.be/-_VXNZAlUAM
https://youtu.be/G-YoNJr6qmI
https://youtu.be/QCJrzJQ52xo
https://youtu.be/a4BBNciJ_no
https://youtu.be/VcRhAV7ouGE
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