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【西条昇の70年代バラエティー研究】「ムキムキマンのエンゼル体操」 [お笑い]

昭和53年にビクターから発売された「ムキムキマンのエンゼル体操」。
景山民夫の作詞、細野晴臣や松本隆らと「エイプリル・フール」を組んでいた小坂忠の作・編曲、オバチャマこと小森和子の衣装デザイン、「がきデカ」の漫画家 山上たつひこの振付、かたせ梨乃の歌という豪華メンバーが結集して作りあげたのが、この作品。
これを毎週、清水国明・クーコ(当時は夫妻)がメインのテレ朝「出没!!おもしろMAP」で、元祖・筋肉タレントのムキムキマンが左右の大胸筋を交互にビビビっと動かしつつ踊りまくってみせた。
同番組の構成作家であった景山民夫による〈♪産前産後の虚脱感 一時の過ち 気の迷い のぼせ 肩こり 夜尿症 み~んなまとめて骨格筋〉といったナンセンスな歌詞が冴え、山上たつひこによる漫画的な可愛いポーズや振付とゴツいムキムキマンとのギャップが面白かった。
昔、僕が構成した懐かしモノのスペシャル番組にムキムキマンにゲスト出演してもらい、目の前で〝生エンゼル体操〟を見たことがあったっけ。
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【西条昇の喜劇史研究】「志村、うしろうしろ!」の原点とは [お笑い]

「志村、うしろうしろ!」ならぬ、「コステロ、うしろうしろ!」と叫びたくなる一枚。
バッド・アボットとの凸凹コンビのボケ役であるルー・コステロの後ろにはミイラ男が立ち、そのことにコステロは気がついていない。
アボット&コステロの映画には、ある時はミイラ男であったり、フランケンシュタインであったり、透明人間だったり、コステロ一人になった時だけに恐い出来事や不思議な出来事が起こるという場面が良くあった。
いかりや長介がこのパターンを全員集合のコントに取り入れて自分はツッコミ役のアボットの役回りを担当し、コステロの役回りを初期には加藤茶に、中期からは志村けんにやらせた。
やがて、全員集合の公開収録に集まった子どもたちが思わず「志村、うしろうしろ!」と叫ぶようになり、その言葉がドリフの笑いの代名詞の一つとして今も語られ続けている。
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【西条昇の演芸史コレクション】笑福亭さんま時代の明石家さんま出演の大須演芸場のプログラム [お笑い]

手元にある、「笑福亭さんま」時代の明石家さんまが出演した名古屋の大須演芸場のプログラム。
「上方落語 笑福亭さんま」とあるように、入門当初は古典落語をやっていたのだ。
さんまが二代目・笑福亭松之助に弟子入りしたのは昭和49年2月のことで、しばらくして亭号を笑福亭から明石家に変えているが、これは昭和50年8月のものか。
大須演芸場には、東京芸人、上方芸人、名古屋の芸人の混合でプログラムが組まれており、無名時代のツービートやB&Bも出演している。
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【西条昇のお笑いエンタメ日記】27年前のお笑いライブの構成の仕事 [お笑い]

ネットで調べ事をしていたら、たまたま1991年4月の木村万里さんプロデュースのライブの記事の中の爆笑問題が席亭の回に構成・企画として自分の名前を見つけ、そう言えばそんな仕事もしたっけと当時のことを思い出した。

4月7日(日)席亭 爆笑問題
「オモスルドロイカ帝国渋谷NOW!in SPACE107」
午後3時開演の部
爆笑問題 本間茂 AKIKO 電撃ネットワーク ジョークアベニュー ARARA フリークス ベン村さ来 雨空トッポライポ ブランドル びよーん せーじけーすけ キャミソール 
K2 
ゲスト審査員 滝大作 石川雄一郎 ダンカン 
司会 楠美津香
構成・企画 柿木康宏 西條昇 市岡昌彦
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【西条昇の昭和芸能史研究】渡辺プロ友の会の会報 [お笑い]

手元にある、渡辺プロ友の会の会報「YOUNG ヤング」昭和54年3月号。
表紙はハンダースである。
清水アキラ、佐藤金造(現・桜金造)、アゴ勇(現・あご勇)、鈴木末吉(現・鈴木寿永吉)、アパッチけん(現・中本賢)。ありがとうの小林くんこと小林まさひろは、もう抜けていた頃だ。
TBS「ぎんざNOW!」の「素人コメディアン道場」で彼らがそれぞれチャンピオンとなり、グループを結成して渡辺プロダクションからデビューする流れをテレビの前で毎週観ていた。
「笑って!笑って!60分!!」も、「ハンダースの想い出の渚」も懐かしいな。
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【西条昇のエンタメ論】大学のエンタメ論Ⅰの1回めの講義で [お笑い]

昨日のマスコミ学科の金曜2限「エンタメ論Ⅰ」では漫才論を。
まずは漫才とコントの定義や形式の違いから入り、漫才のルーツとなった萬歳の起源へ。
奈良時代の宮中での主君の長久を祝う「千秋楽」「萬歳楽」から「千秋萬歳」(豊年の秋を千回万回と迎えられるようにと長寿を祝う意味があり、言葉としては中国から伝わった)へ。
相撲や歌舞伎の最終日を指す千秋楽は、ここから来ている。
万歳三唱の万歳(バンザイ)とも北朝鮮の「マンセー」とも言葉の歴史が重なる。
平安時代には貴族の間で寿ぎの芸能として確立。室町時代には一般民家への門付け芸に。
農耕の収穫を願うめでたい芸として「大和萬歳」「尾張萬歳」「三河萬歳」などが発達。
太夫と才蔵の二人組による、小鼓を叩きながら、めでたい言葉や語呂合わせを散りばめたユーモラスな歌のやりとりが主流。リズムネタの元祖。
明治期に、上方を中心に「万歳」(万才)として寄席芸となる。当初は三重県の三曲萬歳(鼓、三味線、胡弓を使用)からの影響が強かった。確かに三曲萬歳の映像を見ると、かしまし娘やタイヘイトリオなどの音曲漫才との共通性がある。
大正期の吉本の寄席での万歳推し。昭和5年に吉本が結成させた横山エンタツ・花菱アチャコによる「しゃべくり漫才」の確立と波及効果。昭和7~8年から吉本が「漫才」の字を使用。
東京漫才への影響。戦後のしゃべくり漫才のスターたち。昭和55年の全国的なマンザイブーム。ダウンタウンのフリートーク漫才。M-1グランプリ。…などなど。
約千年近い萬歳~漫才の歴史を100分で駆け抜けた。
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【西条昇の喜劇コレクション】小松政夫さんの「あんたはエライ!」の表彰状 [お笑い]

小松政夫さんからいただいた「西条昇殿 あんたはエライ!」の表彰状。
もともとは昭和55~61年にテレビ朝日「歌謡ドッキリ大放送」の小松さんのコーナーで、「タコフン音頭」や「エライあんたのロックンロール」を一緒に踊ったゲストに「♪ニーンニキニーンニーン…」と歌いながら番組内で渡していた時のものだ。
平成14年の4月5月に「小松政夫・団しん也のみにくるあんたはエライDEショー おとなげない大人たち」の作・演出をさせていただいた時、小松さんが「番組で使った表彰状がまだ家に少しあるから、今度、表彰してあげます」と言って、表彰して下さった。
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【西条昇メディア掲載情報】月亭可朝師匠についてのコメント取材を [お笑い]

今日は、ある週刊誌から、先月28日に亡くなられた月亭可朝師匠の芸についてコメント取材を受けました。詳しくはまた追って。
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【西条昇のお笑い論】ビートたけしの笑いについて [お笑い]

今日の前期2限の「お笑い論」1回めは、最近のビートたけしのオフィス北野からの独立問題や森社長VSたけし軍団の問題などを導入部として、〝ビートたけしの笑い〟について講義しました。
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【西条昇のお笑い史研究】オフィス北野の森社長とデンセンマン [お笑い]

今話題のオフィス北野 代表取締役社長の森昌行氏は昭和51年~53年にテレビ朝日で放送されたバラエティー番組「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」の人気キャラクター〝デンセンマン〟のスーツアクターを務め、伊東四朗さん小松政夫さんキャンディーズと共に「電線音頭」を踊ってらしたとのこと。
当時の森さんはテレビ制作会社「スーパープロデュース」所属のADであった。
森さんの他には石原プロモーションの秋山武史さんもデンセンマンのスーツアクターだったそうだが、このレコード「デンセンマンありがとう」のジャケット写真の際は森さんだったのだろうか。
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