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【西条昇の喜劇コレクション】昭和14年の有楽座でのエノケン一座のパンフ [軽演劇]

手元にある、昭和14年3月の日比谷・有楽座での榎本健一一座の公演パンフ。
表紙は「エノケン誉れの土俵入」の力士姿のエノケンの舌の部分を下に引っ張ると口上が書かれているという仕掛けが。
エノケンらしくて良いね。
演目は「音楽喜劇 雨の舗道」「パッシング・ショウ 有楽街メロディ」「マゲモノ・ナンセンス エノケン誉れの土俵入」「オペレッタ 駄々っ児ケンちゃん」の4本。
「誉れの土俵入」は翌年、中川信夫監督によって映画化された。
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【西条昇のストリップコレクション】東横映画劇場の巴里座のチラシ [軽演劇]

手元にある、東横映画劇場での巴里座の公演チラシ。
〈懐しのムーラン情緒〉。楽団パリーカナィユ。
江東楽天地にもパリー座というストリップ劇場があったが、直接の関係はないと思う。
フランス座といい、パリー座といい、日本のストリップにフランス絡みのネーミングが多いのは、パリがムーランルージュをはじめとするヌード・レヴューの本場だからだろう。
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【西条昇のストリップコレクション】伊勢宮会館でのストロングショーのチラシ [軽演劇]

伊勢宮会館での「ストロングショー」のチラシ。
〈ヌード芸術の最高峰!〉
〈お色気爆笑コント〉ストリップからコントが切り離せなかった頃だな。
楽団シルバーホーク。入場料130円。
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【西条昇のストリップコレクション】東京デカメロンショウのチラシ [軽演劇]

ご朱印紹介の次は、手元にある、ストリップNO.1の東京デカメロンショウのチラシをぱ…。聖と性。
ジャズ。ヌード。コント。
楽団オーローラー。
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【西条昇のストリップコレクション】伊セ宮会館での東京デカメロンショウのチラシ [軽演劇]

手元にある、伊セ宮会館での〈ストリップNO.1〉東京デカメロンショウ(マンホールショウ)のチラシ。
〈絶妙のコント「お富さん」で絶讚を博した特別アンコールショウ!〉とあるが、「雲の上団五郎一座」での三木のり平と八波むと志による玄冶店コントのパクリだった可能性も大だな。
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新潮社「芸術新潮」に西条昇コレクションより資料提供を [軽演劇]

「芸術新潮」(新潮社)2016年1月号に、西条昇コレクションより、昭和22年(1947)の新宿・帝都座五階劇場開場公演のプログラムの表紙写真の資料提供撮影協力をさせていただきました。
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【西条昇の浅草レヴュー・コレクション】浅草オペラ館の昭和7年「ヤパン・モカル」のプログラムNo.9 [軽演劇]

手元にある浅草オペラ館の昭和7年の「ヤパン・モカル」のプログラムNo.9。
この公演から浅草オペラ全盛期の大スターであった田谷力三が座長格で迎えられ、昭和11年までオペラ館で活躍することになる。
他の顔触れは、プログラムNo.2の時とほとんど一緒だが、後年の黒澤映画などで活躍する藤原釜足が新たに加わっている。
若手時代のシミキンや藤原釜足さんはどんな芝居をしていたのだろう。
このプログラムのデザインも好きだな。
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【西条昇の浅草レヴュー・コレクション】浅草オペラ館の昭和7年「ヤパン・モカル」のプログラム [軽演劇]

エノケン、二村定一らの「ピエル・ブリヤント」を松竹に引き抜かれた浅草オペラ館が、玉木座「プペ・ダンサント」から役者や文芸部を引き抜いて昭和7年に旗揚げしたレヴュー劇団「ヤパン・モカル」のプログラムNo.2が手元にある。
役者陣に、柳田貞一、サトウ・ロクロー、大石信夫、佐藤久雄、堀井英一、高清子ら。
昭和11年に「ヤパン・モカル」の座長になるシミキンこと清水金一も、師匠の柳田貞一と共に参加していた。
文芸部に、サトウハチロー、菊田一夫、山下三郎ら。
劇団名「ヤパン・モカル」の名付け親はサトウハチローで、「ジャパン儲かる」の意味だとか。
また、菊田一夫の遅筆癖はこの当時からのものだったようで、プログラムに小さく「予告しました私の脚本が今週は都合で出ませんでした。申しわけ御ざいません。来週は予告通りで御ざいます。(略)菊田 生」と記載されているのが面白い。
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【西条昇の浅草レヴュー・コレクション】浅草オペラ館での昭和7年4月「ピエル・ブリヤント」公演のプログラム [軽演劇]

浅草オペラ館での昭和7年(1932)4月の「ピエル・ブリヤント」公演のプログラムNo.12が手元にある。
ピエル・ブリヤントは、昭和6年11月に浅草・玉木座の「プペ・ダンサント」を脱退した榎本健一と二村定一を二人座長として、木内興行の手により、浅草劇場から元の劇場名に戻したオペラ館で同年12月に旗揚げされた。
エノケンの師匠の柳田貞一や文芸部のサトウハチローや菊田一夫はエノケンらと行動を共にせず、玉木座に残っている。
のちにエノケンのレヴュー喜劇に欠かせない作家となる菊谷榮は、玉木座に引き続き、舞台装置家として参加しており、文芸部の佐藤文雄の名を借りてレヴュー台本を書き始めていく。
主な座員は、エノケン夫人の花島喜世子のほか、中村是好、如月寛多、土屋伍一、鈴木桂介ら。
昭和7年7月にピエル・ブリヤントは劇団ごと松竹に引き抜かれてオペラ館を去り、常盤座や松竹座に進出。オペラ館には、半年ちょっとしか居なかったことになる。
エノケンらに去られたオペラ館側は、すぐに玉木座から柳田貞一、サトウ・ロクロー、大石信夫、佐藤久雄、高清子らと文芸部のサトウハチローや菊田一夫らを引き抜き、レヴュー劇団「ヤパン・モカル」を旗揚げさせている。
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【西条昇の浅草芸能日記】浅草・木馬亭でのブラックコメディ「しぬぅ~!」 [軽演劇]

昨日は、浅草・木馬亭で、大上こうじ、亮王、松井功による男三人芝居「しぬぅ~!」を観てきた。
韓国のテハンノの三兄弟劇場で十年以上のロングランを続け、百五十万人を動員したブラックコメディの日本版である。
プロットは簡単で強引な面もあるが、浅草21世紀座長の大上こうじさんによる師匠の橋達也さん譲りの共演者や観客をいじり倒すツッコミ芸で、観客の満足度の高い仕上がりになっていたと思う。
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