So-net無料ブログ作成
検索選択
浅草六区 ブログトップ
前の10件 | -

【西条昇の浅草食べ歩き】浅草の尾張屋本店の天ぷらそば [浅草六区]

今日のモヤさまの浅草周辺編で、尾張屋本店の天ぷらそばや上天丼が紹介されてたね。
TV的にも、この海老天2本はインパクトがあるからなあ。
モヤモヤというよりは王道な感じ。

晩年に連日通った荷風が好んで食べたのは、かしわ南蛮そばだったとか。
20160228_205827.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

【西条昇の浅草ストリップコレクション】昭和20年代の浅草小劇場のパンフ [浅草六区]

手元にある、昭和20年代半ばの浅草小劇場のショースターパラダイス公演のパンフ。
浅草小劇場は現在の三平ストアの場所にあった劇場で、階上には一時期、浅草末広亭があり、浅草末広閉館後はロマンス劇場というストリップの劇場になって、階上も階下もストリップショーが上演されていた。
喜劇人の長門勇さんは、この浅草小劇場がキャリアのスタートで、劇場閉館後に浅草ロック座に加入している。
浅草小劇場は、その後、美人座というストリップの劇場となったが、ほどなくして閉館となった。
20160228_121431.jpg20160228_121515.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:芸能

【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和23年の浅草・国際劇場でのシミキン公演のパンフ [浅草六区]

手元にある、昭和23年6月の浅草・国際劇場でのシミキンこと清水金一・主演「シミキンの浅草の坊ちゃん」公演のパンフ。
「シミキンの浅草の坊ちゃん」は松竹映画として昭和22年4月に公開された作品(監督・佐々木康)だが、この時はその舞台版として実演された。
喜劇人の関敬六さんが「♪強いばかりが男じゃないと いつか教えてくれた人♪」と定番的に歌っていた「浅草の唄」は、この映画の主題歌として歌われた歌だ。
作詞がサトウハチローで、作曲は万城目正。歌詞も曲も好きだな。
レコードに吹き込んだのは藤山一郎だったが、舞台ではシミキンの定番曲として歌われ続けた。
20160228_024309.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和28年の浅草・公園劇場のバーレスクショウのパンフ [浅草六区]

手元にある、昭和28年10月の浅草・公園劇場での「秋の公園祭り」「痴情最大のバーレスク」の公演パンフ。
出演は、ヒロセ元美、ハニー・ロイ、マヤ鮎川ほか。コメディアンに大庭六郎、ロイ・ジェームスほか。
演目は、第一部「コウ門マン遊記」、第二部はパーク・バーレスクショウ「暴君エロ」。
タイトルが良いね。「黄門漫遊記」の黄と漫をカタカナにするところとか、暴君ネロのパロディとか、史上最大ならぬ痴情最大とか…。
公園劇場は、松竹が戦前の帝京座の跡に昭和27年にオープンした劇場で、同30年までバーレスクの興行を行っていた。
20160228_000005.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:芸能

【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和34年の浅草日活のパンフ [浅草六区]

手元にある、昭和34年12月末から翌年正月にかけての浅草日活のパンフ。
表紙は、昭和34年12月27日公開「男が命を賭ける時」主演の石原裕次郎である。
翌週公開作品は小林旭・主演「口笛が流れる港町」。
丁度、「タフガイ」裕次郎、「マイトガイ」旭の日活アクション映画全盛期にあたる。
浅草日活は、それまで富士館のあった場所に戦後間もなく開場。日本映画の斜陽化と共に昭和48年に閉館し、浅草日活は浅草東映地下に移転。跡地はキャバレーとなったが、閉鎖後はしばらく廃墟として放置されていた。
その後、建て直されて開場したショーレストラン「ロックンロック」には欽ちゃん劇団が常打ち出演し、現在はパチンコスロットパンドラとなっている。
20160227_200849.jpg20160227_200912.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和14年の浅草・国際劇場での松竹少女歌劇の公演パンフ [浅草六区]

手元にある、昭和14年1月の浅草・国際劇場での松竹少女歌劇の新春公演のパンフ。
第一部 武士道日本「忠臣蔵」、第二部 建設日本「大陸行進曲」、第三部 躍進日本「防共の誓」という内容を受けて、表紙には吉良邸や、日本と防共協定を結ぶ国々の国旗などが描かれている。
国際劇場は昭和19年に一度閉鎖されて風船爆弾の製造工場となり、松竹少女歌劇団も慰問を目的とした松竹芸能本部女子挺身隊に改められた。
20160227_182926.jpg20160227_182943.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

【西条昇の浅草芸能コレクション】浅草のお座敷キャバレー「一力茶屋」のチラシ [浅草六区]

手元にある、浅草映画街・新世界ビル地階のお座敷キャバレー「一力茶屋」のチラシ。
「キット 見えます覗けますSHOW」と「小人対女子 プロレス大会」という面白そうなプログラムである。
写真のミゼットレスラーは、プリティ・アトムとミスター・ポーンか。
女子のほうは、ジャンボ宮本と、もう一人は誰だろう。
ご存じの方、教えてください。
20160227_174216.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:芸能

【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和27年の浅草・花月劇場での大江美智子一座のパンフ [浅草六区]

手元にある、昭和27年の浅草・花月劇場での「鈴鳳劇」二代目・大江美智子一座のパンフ。
大江美智子は、早変わりを売り物に女剣劇ブームを牽引し、昭和30年代には浅草・常盤座をホームグラウンドとして活躍した。
浅草・花月劇場は、この後、実演興行から撤退して映画館に転向している。
20160227_144606.jpg20160227_144628.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和31年の浅草・公園劇場でのデン助劇団のパンフ [浅草六区]

手元にある、昭和31年4月の浅草・公園劇場でのデン助劇団こと大宮敏光一座のパンフ。
他に、〈踊る歌麿美人〉浅草桃太郎一行、〈若手女剣戟の人気者〉大谷春栄一座、劇団青春座が出演。
デン助劇団は、ホームグラウンドにしていた浅草松竹演芸場から、すぐ裏手というか背中合わせの場所にあった公園劇場に出張出演した形である。TVの「デン助劇場」で全国的な人気を得るのは、これから3年後のことだった。
デン助人形が懐かしいな。
20160227_140211.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和30年の浅草・奥山劇場での浅香光代一座のパンフ [浅草六区]

イヨッ! 浅香先生
手元にある、昭和30年の浅草・奥山劇場での浅香光代一座のパンフ。
奥山劇場は、現在の雷5656茶屋(木馬館の並び)の場所にあり、昭和初期には水族館(二階の演芸場でのカジノ・フオーリーでエノケンが活躍)、戦後は天龍座だったところを当時の常盤堂の穂刈社長が浅香のために作った劇場である。
女剣劇の先輩スターで年上の不二洋子が殺陣を、二代目・大江美智子が早変わりを得意としたのに対抗して、浅香は片肌や太ももなどの素肌を強調する「色気」や「チラリズム」の要素で人気を博した。
20160227_131727.jpg20160227_131756.jpg

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇
前の10件 | - 浅草六区 ブログトップ