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【西条昇の浅草オペラ史コレクション】金龍館での根岸歌劇団の公演パンフ [浅草六区]

手元にある、大正10年前後の浅草・金龍館での根岸歌劇団の公演パンフ。
演目は、歌劇「アイダ(アイーダ)」ほか。
出演はアイダ役の安藤文子のほか、清水金太郎、田谷力三、木村時子、澤モリノ、柳田貞一、町田金嶺、二村定一、中根龍太郎、相良愛子など。
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【西条昇の浅草オペラ史コレクション】金龍館での根岸歌劇団の公演パンフ [浅草六区]

手元にある、大正10年前後の浅草・金龍館での根岸歌劇団「NEGISHI'S OPERA COMPANY」の公演パンフ。
演目は、喜歌劇「ボッカチオ」ほか。
出演は、清水金太郎、清水静子、田谷力三、澤モリノ、柳田貞一、町田金嶺、二村定一、木村時子という超豪華メンバーが揃っている。
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【西条昇の浅草オペラ史コレクション】大正9年の金龍館での根岸歌劇団の公演パンフ [浅草六区]

手元にある、大正9年11月の浅草・金龍館での第7回 大合同根岸歌劇団 上演プログラム。
「ヴオードヴイル(ボードビル)について」という文章では、ヴライテイ(バラエティー)やルヴー(レヴュー)についても触れられている。
キンリウグラフイックと称して第6回公演の舞台写真もふんだんに使用。
出演は清水金太郎、清水静子、田谷力三、柳田貞一、高田雅夫、井上起久子など。
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【西条昇の浅草オペラ史コレクション】大正10年の金龍館での根岸歌劇団の公演パンフ [浅草六区]

手元にある、大正10年4月の浅草・金龍館での根岸歌劇団「NEGISHI GRAND OPERA」の公演パンフ。
出演は、清水金太郎、清水静子、田谷力三、エノケンの師匠となる柳田貞一、高田雅夫、アイドル的な人気のあった相良愛子など。
当時の根岸興行部は浅草六区に金龍館、常盤座、東京倶楽部を擁し、三館共通というシステムを導入していた。三館の跡は現在、ROX3になっている。
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【西条昇の浅草芸能史コレクション】浅草・新世界のパンフ [浅草六区]

手元にある、浅草・新世界のパンフ。
昭和30年代半ばから同40年代にかけて、瓢箪池を埋め立てた一画の今のウインズ浅草のところにあった室内型アミューズメントパークである。
グランドキャバレー、温泉大浴場と宴会場、音楽喫茶、プラネタリウム、アメリカンゲームセンター、ローラースケート場、マジックランド、海底20000マイル、ビアガーデン、バイキングレストラン、新世界観音などが入っていて、建物の上には五重塔があった。
カオスというか何でも有りな感じが浅草らしい。
建物が取り壊された後、キャバレー新世界は、浅草演芸ホール隣りの浅草日活(旧・富士館)のところに移って営業が続けられた。
僕は新世界ビルのほうは、父親に連れられて行った微かな記憶しかないが、キャバレー新世界の前は良く通ったのを覚えている。
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【西条昇の浅草演芸史コレクション】新恵比寿亭でのカルタ手術番組のビラ [浅草六区]

手元にある、浅草・新恵比寿亭での吉田虎蔵の「日本一カルタ手術番組」のビラ。
カルタ手術は、要するにカルタを使った奇術ということだろう。どんなものか観てみたかったな。
新恵比寿亭は、ちんや横丁にあった寄席で、浪花節の定席として親しまれていた。
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【西条昇の浅草食べ歩き】捕鯨船で [浅草六区]

浅草リトルシアターで「浅草艶絵巻」を観た後は、会場で偶然会ったロック座の常連さんと「捕鯨船」で軽飲みしつつ、鯨肉ミックス、竜田揚げ、煮込みなどを。
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【西条昇の浅草・軽演劇史コレクション】昭和7~8年の玉木座でのプペ・ダンサントのプログラム [浅草六区]

手元にある、昭和7年5月と翌8年10月の浅草・玉木座でのプペ・ダンサントのプログラム。
昭和7年のは、エノケン一派がオペラ館に移ってピエル・ブリヤントを旗揚げし、エノケンの師匠の柳田貞一がプペに残って座長格になった頃のものだ。
文芸部のサトウハチローや菊田一夫も残っていた。
昭和8年のは、柳田やサトウハチローや菊田も抜けた頃のもので、森川信やシミキンこと清水金一という後に大物喜劇人となる二人が若手として頭角を現しはじめていた。
しかし、翌9年あたりにはプペは解散となり、玉木座は閉館となっている。
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【西条昇の浅草・軽演劇史コレクション】昭和6年の玉木座でのプペ・ダンサントのプログラム [浅草六区]

手元にある、昭和6年2~3月の浅草・玉木座でのプペ・ダンサントのプログラム。
旗揚げ当初の寄せ集めごった煮メンバーから浅草オペラで活躍した清水金太郎夫妻や「奇々怪々一座」の中山呑海や淡谷のり子らが抜けて、榎本健一、二村定一、柳田貞一らエノケン一派が中心になってからのものだ。
文芸部には文芸部長のサトウハチローの他、菊田一夫、山下三郎らが在籍。
のちにエノケンの片腕的存在のレヴュー作家となる菊谷栄は舞台装置を担当していた。
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【西条昇の浅草 新派コレクション】大正13年の公園劇場での河合武雄一座のビラ [浅草六区]

手元にある、大正13年7月の浅草・公園劇場での新派の河合武雄一座のビラ。
河合の他に、山田五十鈴の父親の山田九州男、柳永二郎らが出演。
演目は「己が罪」「平手造酒」「夕顔の巻」の三本である。
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