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【西条昇のレヴュー史研究】「ジーグフェルド・フォリーズ 1918」のポスター [レヴュー]

〈アメリカのレヴュー王〉フローレンツ・ジーグフェルドが1918年にニューヨークのニューアムステルダム劇場でプロデュースした「ジーグフェルド・フォリーズ1918」のポスター。
ジーグフェルド・ガールズと言われた美女たちの顔が並んでいる。
ジーグフェルド・フォリーズは、フローレンツ・ジーグフェルドがパリのフォリー・ベルジュールやカジノ・ド・パリのレヴューのアメリカ版を狙って製作したもので、1907年~1931年まで毎年、贅沢にお金をかけた豪華レヴューの新作が製作された。
パリのレヴューと同様、美しい裸女たちも登場する。
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【西条昇のレヴュー史研究】1920年代のカジノ・ド・パリのポスター [レヴュー]

1920年代のカジノ・ド・パリのポスター。
パリらしい豪華な美しさ。
この当時のカジノ・ド・パリやフォリー・ベルジュールの舞台を観た岸田辰彌や白井鐵造が宝塚流レヴューを確立し、二つの名前を組み合わせた「カジノ・フォーリー」を浅草で旗揚げしたエノケンたちのほうは〈インチキ・レヴュー〉と言われた。
1910年代からアメリカのブロードウェイでフローレンツ・ジーグフェルドによって上演されたレヴュー「ジーグフェルド・フォリーズ」にも大きな影響を与えている。
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【西条昇の日劇ミュージックホール研究】昭和27年の日劇ミュージックホールの舞台写真 [レヴュー]

手元にある、昭和27年の日劇ミュージックホールの舞台写真。
左から、コメディアン兼ピアニストの〝ブーちゃん〟こと市村俊幸、ミゼット芸人の空飛小助、当時は新谷登と名乗っていた頃の〝和っちゃん〟こと泉和助。
トニー谷と共に長く日劇ミュージックホールの笑いを支えた泉和助は、演じるだけでなく、洒落たギャグやコントを考えるのが得意で、〈フンダンにバカバカしいアイデアのギャグメン〉の略で〈FBIのGメン〉と名乗っていた。
談志師匠が〝和っちゃん〟の芸に惚れ込み、その舞台の様子について書き残している。
アメリカ人の観客が多かった日劇ミュージックホールでは、音や動きや英語をネタに出来るボードビリアン・タイプの芸人が好まれたようだ。
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【西条昇のストリップ史研究】水溜まりに落ちたストリップのポスターと少年たち [レヴュー]

手元にある、昭和30年前後の水溜まりに落ちているストリップショーのポスターを何か棒的な物で広げて見ようとする少年たちの写真。
興味津々とは、このことだね。
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【西条昇のバーレスク史研究】ジョセフィン・ベイカー出演のレビュー公演ポスター [レヴュー]

〈黒いヴィーナス〉ジョセフィン・ベイカーが1920年代後半にパリのレヴュー劇場に出演した際のポスター。
ベイカーの売り出しのきっかけとなったトップレスで腰にバナナを付けた姿が描かれている。
隣には彼女の魅力の虜になった豹の姿も。
このイラスト、めちゃ可愛くて、センスも現代的で、90年近くも昔の物には思えないな。
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【西条昇のバーレスク史研究】ジプシー・ローズ・リー主演のミュージカル・レビューの公演パンフ [レヴュー]

アメリカの〈バーレスクの女王〉ジプシー・ローズ・リーが1942年に映画プロデューサーのマイク・トッドとニューヨークの劇場で共同製作し、自ら主演したミュージカル・レヴュー「Star and Garter」のパンフの表紙。
ジプシーのイラストが何とも可愛くセクシーで、衣装も素敵だな。
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【西条昇のストリップ史研究】〈黒いヴィーナス〉ジョセフィン・ベイカー [レヴュー]

アメリカのミズーリ州セントルイス出身の〈黒いヴィーナス〉ジョセフィン・ベイカーは16歳でデビュー後、アメリカのボードビル一座や黒人のレヴュー・グループを経て1925年10月にパリのシャンゼリゼ劇場に出演すると、たちまちパリの人気を独り占めし、ピカソやヘミングウェイもその虜となった。
腰にたくさんのバナナを付けてトップレスでチャールストンを踊るステージは一世を風靡し、1920年代後半から30年代にかけてカジノ・ドパリやフォリー・ベルジュールなどパリの一流レヴュー劇場のトップスターとして活躍。
ベイカーが出演した映画は戦前の日本でも公開されており、日本のレヴューやストリップの世界にも大きな影響を与えている。
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【西条昇のストリップ史研究】ビートルズが訪れたイギリスの名門ストリップ劇場 [レヴュー]

ロンドンの歓楽街ソーホーにあった名門ストリップ劇場「レイモンド・レビューバー」(1958~2004)を1967年にザ・ビートルズの面々が訪れた時の写真。
凄いね。
僕も行ってみたかったな。
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【西条昇のレヴュー・軽演劇コレクション】昭和22年の新宿・帝都座での空気座と帝都座ショウの合同公演のプログラム [レヴュー]

手元にある、昭和22年(1947)9月1日からの新宿・帝都座での「空気座」と「帝都座ショウ」の合同公演のプログラム。
空気座は同年8月1日から帝都座での「肉体の門」が爆発的な大当たりとなり、8月15日からの浅草ロック座公演を終えて帝都座に凱旋した形で引き続き同作品を上演。
帝都座ショウは8月1日からの浅草ロック座のこけら落とし公演に続き、8月15日からは江東楽天地の江東劇場に出演し、帝都座に戻ってきて「女と罰」を上演。
同年2月の〈額縁ショウ〉で大評判となった甲斐美春も出演しているが、4月に父親代わりの叔父に大反対されて以来、額縁ショウへの出演を取り止めており、この公演でも踊り子の一人として群舞に加わるのみで額縁ショウの場面はなかった。
当時の帝都座プログラムや記事で確かめたところ、甲斐美春が帝都座ショウの中の額縁ショウの場面で胸を露出したのは昭和22年2月~3月いっぱいのことで、その後、少し間隔が空いて、昭和23年2月から片岡マリが帝都座ショウの中で胸を露出しつつ額縁から飛びだして踊っている。
空気座の田中実(のちの田崎潤)が帝都座ショウの中のコントに出演しているのも合同公演ならではだ。
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【西条昇のエンタメ日記】日劇ミュージックホールOG会で小浜奈々子さんと [レヴュー]

今日は午後から日劇ミュージックホールOGの皆さんの集いへ。
昭和30~40年代にミュージックホールの〝女王〟として活躍し、谷崎潤一郎にも可愛がられたという小浜奈々子さんとも再会して、メリー松原、伊吹マリ、ジプシー・ローズ、奈良あけみ、春川ますみなど歴史に残る踊り子さんのお話を伺った。
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