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【西条昇のキャバレー史研究】キャバレー芸人紹介専門誌のアクロバットダンサー

手元にある、全国のキャバレーにフロア・ショーのタレントを宣伝するための業界専門誌「ショウ イン ジャパン」1975年11・12月号のパシフィックインターナショナルプロモーションのページ。
タレントはアクロバットソロダンサーの葉山仁智子だ。
今はこうした軟体系アクロバットをコントーションと言うそうだが、昭和のキャバレーのフロアショーにはアダジオのペアと同様に多くのアクロバットダンサーたちが出演していた。
戦前の日本には岡本八重子・文子というアクロバットダンサー姉妹が居り、昭和20年代のストリップ初期にはR・テンプルというアクロバット・ヌードのスターが居た。
日本のアクロバットダンサーの歴史を調べてみるのも面白そうだな。
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【西条昇のキャバレー史研究】キャバレー芸人紹介専門誌のセクシーアダジオのペア

手元にある、全国のキャバレーにフロア・ショーのタレントを宣伝するための業界専門誌「ショウ イン ジャパン」1975年11・12月号の芸宝のページ。
セクシーアダジオのザ・インパルスが一組で1ページまるまる使って推されている。
当時はフロアショー業界でのアダジオのペアの生存競争が激しかったんだろうな。
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【西条昇のキャバレー史研究】キャバレー芸人紹介専門誌のあした順子・ひろしのご両人

手元にある、全国のキャバレーにフロア・ショーのタレントを宣伝するための業界専門誌「ショウ イン ジャパン」1975年11・12月号の近代企画のページに〈アクション漫才〉あした順子・ひろし師匠の写真を発見。
ひろし師匠の髪もまだフサフサしてるし、順子師匠が可愛いな。
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【西条昇の日劇ミュージックホール史研究】石原慎太郎の書いた日劇ミュージックホールのコント台本 [ショー]

あの石原慎太郎が日劇ミュージックホールのヌード・レヴューの構成を担当し、コント台本を書いたことがある。
石原が構成を担当したのは、昭和39年2月28日~5月5日の日劇ミュージックホール公演「ビーナスの下半身」。
出演ヌードは、アンジェラ浅丘、K.みなみ、島淳子ら。
コメディアンでは、東京コミックショウのショパン猪狩の兄でボードビリアンのパン猪狩が出演。
手元にある台本を見てみると、石原はショーの中で、落語の「饅頭こわい」から題材を取った「女の裸 怖い!」をはじめ、パン猪狩を使ったコントを何本か書いている。
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【西条昇の日劇ミュージックホール史研究】日劇ミュージックホールOG会とカルーセル麻紀さん

手元にある、日劇ミュージックホールの公演パンフのカルーセル麻紀さんの写真。
艶やかだな。
丁度、今から1年前の土曜に、小浜奈々子さん松永てるほさん岬マコさんを中心とした日劇ミュージックホールOG会の忘年会がNHKのBS番組の収録も兼ねて開催されて、僕も世話人として参加させて頂き、参加されたカルーセルさんに色々なお話を伺うことができた。
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【西条昇の浅草喜劇コレクション】昭和7年のエノケンたちのピエル・ブリヤントのプログラム

浅草オペラ館での昭和7年(1932)4月の「ピエル・ブリヤント」公演のプログラムNo.12が手元にある。
ピエル・ブリヤントは、昭和6年11月に浅草・玉木座の「プペ・ダンサント」を脱退した榎本健一と二村定一を二人座長として、木内興行の手により、浅草劇場から元の劇場名に戻したオペラ館で同年12月に旗揚げされた。
エノケンの師匠の柳田貞一や文芸部のサトウハチローや菊田一夫はエノケンらと行動を共にせず、玉木座に残っている。
のちにエノケンのレヴュー喜劇に欠かせない作家となる菊谷榮は、玉木座に引き続き、舞台装置家として参加しており、文芸部の佐藤文雄の名を借りてレヴュー台本を書き始めていく。
主な座員は、エノケン夫人の花島喜世子のほか、中村是好、如月寛多、土屋伍一、鈴木桂介ら。
昭和7年7月にピエル・ブリヤントは劇団ごと松竹に引き抜かれてオペラ館を去り、常盤座や松竹座に進出。オペラ館には、半年ちょっとしか居なかったことになる。
エノケンらに去られたオペラ館側は、すぐに玉木座から柳田貞一、サトウ・ロクロー、大石信夫、佐藤久雄、高清子らと文芸部のサトウハチローや菊田一夫らを引き抜き、レヴュー劇団「ヤパン・モカル」を旗揚げさせている。
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【西条昇の女子プロレス史研究】昭和58年の全日本女子プロレスの優待券

手元にある、昭和58年11月28日の大田区体育館での全日本女子プロレスの優待券。
世界チャンピオン ジャガー横田、〈セクシーパンサー〉ミミ萩原、〈悪の女王〉デビル雅美が三大エースの時代で、当日はこの三人による新曲発表会も。
長与千種とライオネス飛鳥のコンビは、まだクラッシュギャルズと命名される前か。
裏面を見ると新人王決定戦で小倉由美と対戦する中野恵子は、のちのブル中野だね。
〈爆笑!小人プロレス〉にはお馴染みの面々が。
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【西条昇の吉原文化史研究】「お直し」に出てくる吉原の羅生門河岸跡探索 [演芸]

先週の土曜に吉原カストリ書房でのカメラマンの酒井よし彦氏の明烏をモチーフとした写真展に行ってから、志ん朝と志ん生の「お直し」、志ん朝の「五人廻し」「三枚起請」、先代・文楽の「明烏」などの廓噺の動画をYouTubeで見直している。
どれも、良いねえ。
近々、「お直し」に出てくる〝けころ〟の切見世が軒を並べていた吉原の羅生門河岸跡を重点的に歩いてみたいと思っている。
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【西条昇の昭和芸能史研究】昭和33年の大阪・北野劇場での「ロカビリー旋風」公演パンフ [エンタメ]

手元にある、昭和33年4月末の大阪・北野劇場での「東西ロカビリーNo1合戦 ロカビリー旋風 青春の歌声」の公演パンフ。
同年2月に日劇で第1回「日劇ウエスタンカーニバル」が開催され、若い女性ファンたちを熱狂の渦に巻き込んで社会現象となってから2ヶ月後に同じ東宝の北野劇場で〈大阪版ウエスタンカーニバル〉として企画された形である。
〈ロカビリー三人男〉として注目された平尾昌晃(オールスターズ・ワゴン)、ミッキー・カーティス(クレージー・ウエスト)、山下敬二郎(ウエスタンキャラバン)が揃って出演。
また、スイングウエストのエレキの堀威夫(のちのホリプロ社長)、ドラムの田邊昭知(のちの田辺エージェンシー社長。ここでは田辺昭一)、ウエスタンキャラバンのスチールの相澤秀禎(のちのサンミュージック社長。ここでは相沢芳郎)という芸能プロダクション創業者として戦後の芸能界の礎を作られた方々も出演していたのだ。
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【西条昇のキャバレー史研究】キャバレー芸人紹介専門誌の池田プロのページ

手元にある、全国のキャバレーにフロア・ショーのタレントを宣伝するための業界専門誌「ショウ イン ジャパン」1975年11・12月号の池田プロダクションのページ。
タレントは、湯島天神太鼓保存会の関東あばれ太鼓、ものまねの大阪はじめ、唄と踊りとおしゃべり ブルーボーイNo.1ショーのレモン浜田、洋舞の加山ゆり、沖ナナ、日舞の立花ひろみ、演歌・民謡・軍歌の宮本猛生など。
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