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【西条昇メディア掲載情報】ストリップとテレビの関係について

今朝は、あるメディアに、ストリップ劇場が輩出した芸人たちや、ストリップとテレビの関係について書きました。
詳しくは、また、追って。
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【西条昇の神楽坂食べ歩き】神楽坂の人気ラーメン店「麺屋 ふぅふぅ亭」へ

昨日の昼にTVで旨そうなラーメン店の食レポを観てから、すっかりラーメン口になってしまい、今日の昼も昨日行った中華そば 田中屋と並ぶ神楽坂の人気ラーメン店「麺屋 ふぅふぅ亭」で、芳醇 鶏そば全部のせの塩の大盛を。
ここの店主はフレンチ修業をされた後、フレンチテイストのラーメンを追究されているというだけあって、スープも網目のついたチャーシューもどこかフレンチな味わいが。
カップル客が多いのも頷ける。
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【西条昇メディア掲載情報】1年前は朝日新聞Webサイトに

1年前は、朝日新聞社のサイト「withnews」の記事に、お笑い芸人と髪形の関係と歴史についてコメント解説しました。

http://withnews.jp/article/f0160415003qq000000000000000G00110501qq000013273A
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【西条昇の浅草コレクション】「浅、草、時、代、押田了写真集」の中の名物男キヨシと芸人たち

1970年代半ばの浅草の人々を記録した「浅、草、時、代、押田了写真集」(内山良平事務局・発行)には、浅草松竹演芸場でのギャグメッセンジャーズの須磨一露と丘さと志や、名物男「乞食のキヨシ」の姿も。
須磨一露さんは須間一也さんのお父さんだ。
晩年の丘さと志さんに一也さんから紹介して頂き、ロングインタビュー取材をさせて頂いたこともあった。丘さんは十代の頃から浅草や新宿の軽演劇をファンとして観て歩いてらしたそうで詳しく話を聞くことが出来た。
「乞食のキヨシ」さんは、井上ひさし・作の舞台「浅草キヨシ伝 強いばかりが男じゃないといつか 教えてくれたひと」と小説「イサムよりよろしく」のモデルになった人で、浅草フランス座時代の渥美清からビートたけしまで、彼が認めた役者は大物になるという伝説があった。
僕も、小中学生時代に、キヨシさんが六区の通りをフラフラ歩く姿や浅草松竹演芸場の二階席から舞台の芸人に声をかける姿を良く見かけたものだ。
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【西条昇の浅草コレクション】「浅、草、時、代、押田了写真集」のツービート

「浅、草、時、代、押田了写真集」(内山良平事務局・発行)には、1970年代半ばの浅草の街を往く人々や、浅草松竹演芸場、浅草フランス座、木馬館、国際劇場などの芸人や踊り子たちの姿が記録されている。
浅草松竹演芸場時代のツービートの姿も。
この頃のツービートは松竹演芸場や「やじうま寄席」の収録などで良く観ていた。
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【西条昇のエンタメ日記】「24: Legacy(レガシー)」シーズン1が来週最終回

「24」シリーズのスピンオフ作品「24: Legacy(レガシー)」シーズン1がいよいよ来週で最終話を迎える。
ジャックという超濃口で強烈キャラの主人公がいない分、薄口感は拒めないが、それでも展開が気になって最終話まで観てしまうことに。
もしクリフハンガーで終わるなら、きっちりシーズン2も作ってほしいものだが。
https://m.youtube.com/watch?feature=share&v=TtVGiDx7yN0
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【西条昇の浅草喜劇コレクション】さよなら常盤座公演ビデオ「日本名作コント全集 喜劇役者」

手元にある、さよなら常盤座特別公演集大成ビデオ「日本名作コント全集 喜劇役者」。
出演は由利徹、関敬六、橋達也、泉ワ輔、丘ゆり子といった面々。
さよなら常盤座公演は僕も見に行ったが、新宿コマや日劇や国際劇場での由利さん中心の喜劇公演の常連だった佐山俊二、南利明、玉川良一、石田英二が加わっていた頃と比べると若干の物足りなさが残ったものだ。
制作協力は浅草おかみさん会である。
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【西条昇の神楽坂食べ歩き】中華そば 田中屋へ

昼は神楽坂のラーメン人気店の中華そば 田中屋で、肉そばをこってり鶏油(チーユー)で。
卓上の特製唐華とおろし生姜を多めに投入して自分好みに。
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【西条昇のお笑い論】「エンタメ論Ⅰ」で漫才論を

今日のマスコミ学科の金曜2限「エンタメ論Ⅰ」では漫才論を。
まずは漫才とコントの定義や形式の違いから入り、漫才のルーツとなった萬歳の起源へ。
奈良時代の宮中での主君の長久を祝う「千秋楽」「萬歳楽」から「千秋萬歳」(豊年の秋を千回万回と迎えられるようにと長寿を祝う意味があり、言葉としては中国から伝わった)へ。
相撲や歌舞伎の最終日を指す千秋楽は、ここから来ている。
万歳三唱の万歳(バンザイ)とも北朝鮮の「マンセー」とも言葉の歴史が重なる。
平安時代には貴族の間で寿ぎの芸能として確立。室町時代には一般民家への門付け芸に。
農耕の収穫を願うめでたい芸として「大和萬歳」「尾張萬歳」「三河萬歳」などが発達。
太夫と才蔵の二人組による、小鼓を叩きながら、めでたい言葉や語呂合わせを散りばめたユーモラスな歌のやりとりが主流。リズムネタの元祖。
明治期に、上方を中心に「万歳」(万才)として寄席芸となる。当初は三重県の三曲萬歳(鼓、三味線、胡弓を使用)からの影響が強かった。確かに三曲萬歳の映像を見ると、かしまし娘やタイヘイトリオなどの音曲漫才との共通性がある。
大正期の吉本の寄席での万歳推し。昭和5年に吉本が結成させた横山エンタツ・花菱アチャコによる「しゃべくり漫才」の確立と波及効果。昭和7~8年から吉本が「漫才」の字を使用。
東京漫才への影響。戦後のしゃべくり漫才のスターたち。昭和55年の全国的なマンザイブーム。ダウンタウンのフリートーク漫才。M-1グランプリ。…などなど。
約千年の萬歳~漫才の歴史を100分で駆け抜けた。
https://youtu.be/3lLoxjLSS3w
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【西条昇のお笑い論】1回めの講義はタモリ論を

昨日のマスコミ学科の前期「お笑い論」の1回めの講義は、タモリ論を。
大半がMステやいいとものMCとしてのタモリさんしか知らない学生たちを前に、知性と即興性に裏打ちされた初期の革新的な芸について、山下洋輔氏や赤塚不二夫氏との出会いによる芸能界入りの経緯と独自のスタンスなどについて話した。
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