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【西条昇の浅草興行コレクション】昭和初期の浅草・江川大盛館での安来節競演会のチラシ [浅草六区]

昭和初期の浅草・江川大盛館での安来節の興行のチラシ。
安来節はもともと出雲地方の民謡だが、大正12年の関東大震災をきっかけに浅草で安来節を中心とした興行が爆発的な人気を呼んだ。
観客層の中心は震災の復興のために東京に集まった地方出身の人たちだったと言われる。
若い娘たちが着物の裾をはしょって生足を出して踊るセクシーさと、お馴染みのどじょうすくいに代表されるコミカルさが、安来節というエンターテイメントの魅力だったのだろう。
掛け声をかける観客とそれに即興で応える踊り子とのやり取りが醸し出す劇場全体のライブ感を、江戸川乱歩はジャズを引き合いに出して絶賛している。
江川大盛館は明治〜大正と長く江川の玉乗りの小屋として知られたが、昭和初期には安来節が中心になり、昭和10年代は江川劇場と改めて軽演劇の小屋に。戦後は映画館の浅草新劇場として浅草の観客に親しまれ、2年前に閉館。跡地は再開発を待つ状況にある。
浅草の興行史的に見れば、安来節は浅草オペラと浅草レヴューの間の時期をつないだ形になるだろう。
昭和初期の浅草には安来節を見せる劇場が複数あったが、戦後は木馬館だけが長く安来節の興行を続けた。
僕は小学生の低学年の頃に父親に連れられて木馬館に行き、年配客が少し居るだけの閑散とした客席から、年配の踊り手ばかりによる安来節をどこが面白いのだろうと思いながら眺めた記憶がある。
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コメント 1

さすらい日乗

初めてコメントしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
映画『花のれん』で大阪の吉本の小屋での安来節のシーンがあり、「まるで取りつかれているみたいですな」という台詞がありますが、それはジャズ的なグルーブ感だったと思えます。
その安来節の真ん中で踊っているのは、飯田蝶子さんで、さすがにとても上手いものです。

私は、琴で安来節をやっているSPを持っていました。
by さすらい日乗 (2014-09-11 14:24) 

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