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【西条昇の浅草エンタメ日記】今日の新仲見世商店街のわけあり本舗の店頭 [浅草六区]

今日の浅草・新仲見世商店街のわけあり本舗の店頭。
アホT〈すべてが 雑〉〈天才〉〈給料泥棒〉など。
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【西条昇の浅草エンタメ日記】今日のマルベル堂の店頭 [浅草六区]

今日の浅草・マルベル堂の店頭。
〈西城秀樹さん ありがとう…〉〈ヒデキ 夢を見る〉。
〈王貞治さん ご結婚おめでとうございます〉。
ちゃんと押さえてますな。
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【西条昇の浅草食べ歩き】麦とろ本店のとろろバイキングへ [浅草六区]

今日の昼は、久々に浅草・麦とろ 本店の二千円バイキングへ。
3種のとろろとサイドメニューいろいろ。
麦ご飯やうどんやマグロブツの上にとろろをかけてみたり、とろろカレーにしてみたり。
…満足じゃ。
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【西条昇のエンタメ日記】高橋Rock Me Babyさんと忌野清志郎さん [エンタメ]

いつも江戸川大学マスコミ学科の特別講義にお呼びしている音楽プロデューサーの高橋Rock Me Babyさん(フォーライフ ミュージックエンタテイメント/ユイミュージック)の語る忌野清志郎。
僕も高橋さんと同年代でRCサクセションが大好きだっただけに、清志郎さんについてのお話は興味深いです。
https://ototoy.jp/feature/20180601
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【西条昇のジャニーズ史コレクション】フォーリーブスが初出演した日劇ウエスタンカーニバルのパンフ [ジャニーズ]

手元にある、昭和42年8月の第33回 日劇ウエスタンカーニバルのパンフレットに掲載されたフォーリーブスの写真とプロフィール。
この時点でのメンバーは、おりも政夫、北公次、江木俊夫に永田英二(表記は永田栄二)であった。
彼らは同年4月に初代ジャニーズの「太陽のあいつ」のバック・ダンサーとしてグループを結成し、6月にはジャニーズ・ミュージカル「いつかどこかで~フォー・リーブス物語」にジャニーズジュニアとして出演。
8月の日劇ウエスタンカーニバル初出演を機に、グループ名がフォーリーブス(この時の表記はフォー・リーブス)に。
プロフィールには、〈北公次は日本でも数少ないアクロの出来る踊り手〉〈永田栄二は小さな時から歌の基礎をつんでおり、歌のリーダー格〉などと記されている。
この公演後の10月には当時小学6年生だった永田英二に代わり、スクールメイツ出身の青山孝が加入し、やはり歌のリーダー格に。
フォーリーブスは翌43年10月に「オリビアの調べ」でレコードデビューし、永田英二は昭和44年8月にソロ歌手として「あこがれ」でレコードデビューを果たしている。
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【西条昇の昭和アイドル史コレクション】昭和42年の日劇ウエスタンカーニバルのパンフ [アイドル]

手元にある、昭和42年8月の第33回 日劇ウエスタンカーニバルのパンフ。
グループ・サウンズ(ここでの表記はグループ・サウンド)ブームの真っ只中の頃のもので、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ザ・タイガース、加瀬邦彦とザ・ワイルド・ワンズ、寺内タケシとバニーズ、テンプターズ、安岡力也の居たシャープ・ホークス、ゴールデン・カップス、フォーリーブス、尾藤イサオらが出演。
今見ると、凄い豪華メンバーだな。
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【西条昇の昭和歌謡曲史研究】つくば兄弟と花笠姉妹 [歌謡曲]

何故か気になるビクターの兄弟・姉妹ユニットの「つくば兄弟」と「花笠姉妹」。
同世代でコンセプトも共通する二組は、昭和39年につくば兄弟「やったろ節」と花笠姉妹「慰安旅行」のカップリングによるレコードが発売され、三沢あけみを加えた三組での「青春小唄」「マッハ音頭」もリリースされている。
しかし、いずれのタイトルにも惹かれるものがあるな。
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【西条昇の演芸史コレクション】戦前の神楽坂演舞場のプログラム [演芸]

手元にある、昭和18年5月の神楽坂演舞場のプログラム。
ここはもともと神楽坂演芸場であったが昭和10年に演舞場となり、長く矢来町に住んでいた柳家金語楼のホームグラウンド的な寄席として知られていた。
戦中には東宝直営になっている。
この時のプログラムは東宝笑和会という催しで、柳家小きん時代の五代目・柳家小さん、六代目・三遊亭圓生、二代目・桂小文治、五代目・古今亭志ん生、七代目・林家正蔵、六代目・春風亭柳橋が出演している。
もし、ここに爆弾が落とされていたら、昭和の落語界はどうなっていたか。
僕は神楽坂に近い飯田橋の富士見町生まれだったから、良く父親と神楽坂を歩く度に「ここが神楽坂演舞場のあったところだよ」と教えてもらっていた。
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