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【西条昇の浅草 剣劇史コレクション】金井修一座と伊藤晴雨 [剣劇]

手元にある、昭和10~11年の浅草・公園劇場や昭和座での金井修一座の筋書を見てみると、責め絵師として有名な伊藤晴雨が多くの芝居の装置を手掛けたり、筋書に寄稿したり、金井の一座に大きく関わっていたことが分かる。20180910_223715.jpg20180910_223737.jpg20180910_223822.jpg20180910_223800.jpg
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【西条昇の浅草 剣劇史コレクション】昭和10~11年の公園劇場や昭和座での金井修一座の筋書 [剣劇]

手元にある、昭和10~11年の浅草・公園劇場や昭和座での金井修一座の筋書。
当時の剣劇界で圧倒的な人気を誇った金井修の一座は、吉本興業が傘下に納めた公園劇場や昭和座といった浅草の劇場で多くの観客を集め続けた。20180910_223629.jpg20180910_223516.jpg20180910_223641.jpg20180910_223650.jpg
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【西条昇の浅草 女剣劇史コレクション】戦前の浅草での不二洋子一座の公演プログラム [剣劇]

僕の手元には、昭和12~19年にかけての女剣劇の不二洋子一座の浅草・松竹座での公演プログラムが80部以上あり、更に浅草・公園劇場での物も30部以上ある。
現在のROXのところにあった浅草・松竹座は昭和12年に国際劇場が出来るまでは浅草で最も大きい劇場であった。昭和3年までは歌舞伎と新派の公演が中心で、昭和6、7年からターキーの居た松竹少女歌劇とエノケンのピエル・ブリアントの本拠地となっていたが、松竹少女歌劇は昭和12年から国際劇場に本拠を移し、エノケンは昭和13年に東宝に引き抜かれて浅草を去っている。
その頃から、同じ松竹の公園劇場での剣劇大会の中心を担っていた不二洋子一座が松竹座での一枚看板による公演を行うようになり、敗戦前まで松竹座を本拠地として多くの観客を集め続けた。
ライバルの初代・大江美智子は昭和14年に急逝し、二代目・大江美智子が昭和17年から松竹座に進出したが、松竹座での公演回数は不二洋子一座のほうが圧倒的に多い。
浅草芸能史においても、戦前の不二洋子の功績と人気ぶりについて再評価する必要があるだろう。20180908_153016.jpg20180908_153019.jpg20180908_153023.jpg
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【西条昇の女剣劇史コレクション】昭和30年代の岩沼秀子劇団の地方公演用ポスター [剣劇]

手元にある、昭和30年代の〝女剣戟の雄鳳〟〝巨星〟岩沼秀子劇団の地方公演用ポスター。
〈絢爛たる男装 待望新演技の魅力〉〈あの興奮! あの感激を! 再び絢爛たる花の舞台〉。
第一 サービス 爆笑喜劇、第二 華麗なる時代剣戟、第三 新作舞踊の発表 東京踊り、第四 現代悲劇 全通しというプログラム。主宰は小池清二郎という人だ。20180813_190305.jpg
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【西条昇の浅草 剣劇史コレクション】浅草花月劇場での金井修一座のプログラム [剣劇]

手元にある、昭和27年12月の浅草・花月劇場での〈剣豪〉金井修劇団のパンフ。
中條喜代子加盟。高橋義信の金色座の同時上演。
金井修は戦前から浅草で吉本の持っていた昭和座での常打ち公演で人気を博していた。20180812_232223.jpg
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【西条昇の浅草 剣劇史コレクション】浅草花月劇場での梅沢昇一座のプログラム [剣劇]

手元にある、昭和27年4月の浅草・花月劇場での梅沢昇一座のパンフ。
演目は「極付 森の石松」「新版 闇」「東海龍虎伝 真鶴の決闘」の三本立て。
一座の座員の藤岡肇は、てんぶくトリオの戸塚睦夫の父親である。20180812_211330.jpg
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【西条昇の浅草 女剣劇史コレクション】浅草花月劇場での大江美智子一座のプログラム [剣劇]

手元にある、昭和28年正月の浅草・花月劇場での〈鈴鳳劇〉大江美智子一座のパンフ。
演目は、大江得意の早替わりのある「吉野長者」と「天保水滸伝の内 繁蔵売出す」。
幕間サービスは、吉本の特選演芸陣である。20180812_195759.jpg
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【西条昇の浅草 女剣劇史コレクション】浅草花月劇場での不二洋子一座のプログラム [剣劇]

手元にある、昭和29年3月の浅草・花月劇場での不二洋子一座のパンフ。
〈女剣の開祖〉との惹句の通り、昭和11年に不二洋子が浅草に進出したことがキッカケで、女剣劇のブームが巻き起こり、戦後まで、浅草での人気は続いていた。20180812_173350.jpg
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【西条昇の剣劇コレクション】大正期の新富座での楽天国劇一行の興行ビラ [剣劇]

大正期の新富座での楽天国劇一行の興行ビラ。
松竹合名会社後援。豊泉興行社専属第一部。
座長は播磨家 改め 楽天團十郎だ。
挨拶文の中に〈澤正以上の大立廻りに火花を散らす国劇〉とあることから、澤田正二郎の新国劇の向こうを張った劇団であったのが分かる。
〝楽天〟は松竹の喜劇団〝楽天会〟から取ったものだろうか。
〈壮絶、奇絶、快絶〉〈驚天動地の幕なし大活劇〉〈浪界の横綱 桃中軒一右衛門 口演〉。20180802_210558.jpg
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【西条昇の浅草 剣劇史コレクション】大正15年の公園劇場での剣劇大合同の筋書 [剣劇]

手元にある、大正15年7月の浅草・公園劇場での遠山満、近江二郎、酒井淳之助による剣劇大合同の筋書。
「剣劇」という言葉はこの時に作られたという説もある。
演し物は「上野の戦争 彰義隊」「探偵実話 海賊房次郎」「清水次郎長」、どれも面白そうだな。20180725_012412.jpg20180725_012427.jpg
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